4、パパからセーラへ

 パパの小さなおくさま
 へんじがなかなかとどかないので、つのを出しておこっているんじゃないかな。
 じつはへんじがおくれたのは、パパが新しいしごとにとりくんでいたからなんだ。
 新しいしごと。セーラがいくらかんのいい子でも当たらないだろう。それとも、このパパの手紙がぴかぴか光って見えるかね。
 そろそろ、わかってきたかね。ぴかぴかはほうせき、ほうせきはダイヤモンド。そうなんだよ。パパの新しいしごとはダイヤモンドをほるしごとなんだ。

セーラのパパ


 パパのなかのいい友だちのもっている山に、たくさんのダイヤモンドがあることがわかってね。パパはその友だちにダイヤモンドをほるしごとをてつだってくれとたのまれたんだ。
 ダイヤモンドをほるといっても、ほうせきやさんに売っているようなダイヤが、かんたんにほれるわけではない。とてつもなくたいへんなしごとなんだよ。
 もちろん、パパにとってはなれないしごとだから、いままでのなんばいもいそがしくなる。手紙もあまり書けないと思うけど、ミンチン先生のいうことをよく聞いてべんきょうしてほしい。
 こんどセーラと会うときは、小さなおくさまのからだじゅうをダイヤでかざってあげよう。
 小さなおくさま セーラへ
 いそがしい いそがしい インドのパパより

 パパの手紙はセーラが思っていたよりずっとみじかいものでした。けれどもそのなかみはすばらしいものでした。自分の作るお話のなかにはダイヤの山やさんごの林をよく出していたセーラも、まさかパパがダイヤモンドの山を手に入れたなんて、そうぞうもしたことがありません。
 セーラはパパの手紙を、なんどもなんども読みかえしました。
 自分ひとりではしんじられなくなって、アーミーにも読ませました。
 そして、このゆめのようなお話は、あっというまに学校じゅうに広まりました。
「セーラのパパがダイヤモンドの山を手に入れたんですって。」
「あれいじょうお金もちになってどうするのかしら?」
「ダイヤモンドでできた山なんて、おとぎ話みたい。」
 学校じゅうが、ダイヤモンドのうわさでもちきりになっていました。
 大さわぎなのは生徒だけではありません。
 ミンチン先生は、ほかの生徒たちにいいました。
「セーラ・クルーにはとくに気をくばってやりなさい。」
 ダイヤモンドがほり出されないうちに、セーラに学校をやめられたりしたらたいへんです。
 心のなかはともかく、ミンチン先生はセーラにたいして、ますますやさしくなりました。
 ラビニアだけが、ダイヤさわぎに知らん顔をしていました。
 休み時間のことです。セーラが本を読んでいると、ラビニアの声がしました。
「ダイヤモンドの山なんかあるもんですか。」
 わざとセーラに聞こえるようにいっているようです。
「つくり話しよ。」
 ラビニアの声はさらに大きくなりました。
 セーラは本から目をはなします。
「セーラはお話づくりの名人ですもの。セーラのパパだって・・・・」
 セーラはかっとしてせきをたちました。

ラビニアとセーラ


 気がついたときはラビニアの前に立って、手をふりあげようとしていました。こんなことは生まれてはじめてのことです。
 自分のわる口ならがまんしても、大すきなパパのわる口はがまんできなかったのです。
「へぇ、あたしをひっぱたくつもり?王女さま。」
 ラビニアが王女さまといわなかったら、セーラはラビニアのほおをぶっていたでしょう。
「ぶってやりたいけど・・・」
 セーラはしずかにふりあげた手をおろしました。
「ぶってもいいわよ、王女さま。」
 ラビニアはからかうようにセーラを見あげます。セーラはだんだんおちつきをとりもどしていました。
「王女さまは、人をぶったりしないものでしょ。」
「・・・・」
 ラビニアはそのとき頭がこんらんしていました。いやみのつもりで「王女さま」といってやったのに、セーラはすっかり王女さまのつもりになっているのですから。
 これではちょうしがくるってしまいます。
 このままでは、ラビニアのまけです。なにかいいかえしてやらなければ・・・
「ダイヤモンドがみつかったら、あたしを家来にしていただけますか?王女さま。」
 ラビニアは、くるしまぎれにいいました。
「ええ。よろこんで・・・・」
 セーラはまるで本当の王女さまのような足どりでへやを出ていきました。
 かんぜんにラビニアのまけです。からかってやるつもりが、さいごには、家来にしてもらうことになってしまったのですから。
 そのやりとりを目をまるくして見ていたアーミーは、あとでセーラにいいました。
「ほんものの王女さまに見えたわ。」
「ラビニアがわたしのことを王女さまっていうんなら、わたしは王女さまのつもりになっていようと思ったの。」
 セーラはくうそうのすきな女の子でしたから「つもり」になるのは、とくいちゅうのとくいです。
「空のお星さまのつもりになったり・・・・わたしは目をつぶると、どんなものにもなれるわ。」
「へぇ。目をつぶっただけで。」
 アーミーはふしぎでたまりません。アーミーはどんなにきつく目をつぶったって自分にしかなれないのです。
「どうしたら、そんなふうになれるの?セーラ。」
「本をいっぱい読んだからかしら。わたしは本を読むと、すぐしゅじんこうになったつもりになっちゃうの。」
「へぇ・・・・」
 本と聞いてアーミーはあきらめました。セーラのおかげでべんきょうはいくらかすきになりましたが、文字がぎっしりつまった本を読む気にはなれなかったのです。
 セーラとラビニアのいさかいがあってから、生徒たちはセーラのことを「王女さま」とよぶようになっていました。もっともよび方には二つあります。ひとつはラビニアのように、いやみたっぷりでよぶよび方。もうひとつは、ロッティーのように、心からそんけいして、「王女さま」とよびかけるやり方です。
 小さいロッティーはいつのまにか、セーラの家来のようになっていました。クラスがちがうのに、ひまさえあればセーラの教室にやってくるのです。
 そんなロッティーにとって、「王女さま」というよび名はべんりなものでした。自分より年上のセーラをよびすてにするのは気がひけたし、「セーラさん」というのもへんですし、いくらおかあさんがわりだからといって、「ママ」とよぶのもへんです。
「やっぱり、王女さまってよぶのがさいこうよ!」
 ロッティーはすっかり王女さまの家来気どりでごきげんです。
 しかし、だれよりも「王女さま」がセーラにふさわしいよび名だと思っていたのは、せきたんはこびのベッキーでしょう。
 朝からばんまではたらかされているベッキーにとって、セーラのへやにせきたんをはこぶわずかな時間ほど楽しいひと時はありませんでした。
 楽しみはセーラのお話だけではありません。いつもおなかをすかしているベッキーのために、セーラはにくのたっぷりはいったパイやサンドイッチをスカートのポケットに入れてくれるのでした。
 それはのこりものなんかではありません。
 セーラがわざわざ町へでかけて買ってきたものです。スカートのポケットにすっぽりはいって、えいようがあって、おいしいものをセーラがえらんでくるのです。
「おじょうさまは、どうしてわたしが食べたいものがおわかりになるんですか?」
 ベッキーがふしぎそうにセーラにたずねます。おいしいにくまんじゅうが食べたいなと思っていると、セーラはまほうつかいのように、にくまんじゅうをスカートのポケットに入れてくれるのです。
「それはベッキーになったつもりで食べものをえらぶからよ。」
「おじょうさまがあたしになったつもりで?」
「そうよ。おなかをすかした女の子のつもりでお店の前に立つの。」
 ベッキーにはさっぱりわかりません。目の前にいる王女さまのようなセーラが、うすよごれたせきたんはこびの女の子のつもりになるなんて。
 とにかくベッキーにとって、セーラはめがみであり、本当の王女さまでした。
 でも、セーラが「王女さま」とよばれるのをいちばんよろこんだのは、なんとミンチン先生なのです。学校におきゃくさんがくるたびに、セーラの話をするのです。
「王女さま」とよばれている生徒が自分の学校にいるということは、ミンチン女学校までが、なんとなくりっぱな学校にみられるような気がするからでした。
 おなかのそこではきらっていても、自分の学校のためには、ちゃっかりとセーラをりようしているのです。