11、となりのやねうら

 セーラのりょう手は、いまにもちぎれそうでした。たくさんのパンやにくややさいをりょうほうの手にさげておつかいから帰ってきたのです。
 うまくバランスをとって歩かないと、よろよろと、そのままたおれてしまいそうです。
 やっとの思いで学校のたてものが見えるところにさしかかったときです。
 学校のとなりの家のげんかんやまどがひらいて、にづくりをしたはこや、かぐがいっぱいつんであるのが目にはいりました。
「どなたかがこしてこられたんだわ。」
 とっさにセーラは、いつかアーミーに話したせいぎのみかたの話を思いうかべました。
 目の前がきゅうに明るくなったような気がしました。
 もちろん、お話のようにうまいぐあいにいきっこありません。でも、長い間とじたままだったとなりのやねうらべやにどんな人がはいるのか、そうぞうしただけで、セーラは心がはずんでくるのでした。
 とはいっても、やねうらべやにすむのは、おてつだいさんかめしつかいでしょう。
(お友だちになれるような人だといいわ・・・)
 そこへ、にもつをいっぱいつんだ馬車がつきました。馬車につんであるテーブルやいすを見たセーラは、あっとおどろきました。
「インドの方だわ。」
 そのテーブルやいすは、セーラがインドにいるときにつかっていた、細かいさいくのしてあるごうかなものとそっくりです。
 セーラのむねはなつかしさでいっぱいになりました。それから夕方まで、にもつをつんだ馬車が何台もつきました。
 いつもはつらいおつかいも、セーラははりきって何回もでかけました。
 となりの前を通ったとき、新しくこしてきた「インドの人」に会えるかもしれないと思ったからです。
 しかし、ついにとなりの人の顔を見ることはできませんでした。となりの人は、その夜だれにも見られないように、ひっそりと家のなかへはいったのです。
 そして、二しゅうかんたっても、三しゅうかんたってもおもてに顔を出しませんでした。
 セーラはがっかりです。「インドの人」ならきっとお友だちになれると楽しみにしていたのです。
 おまけにとなりのやねうらべやのまどは、しまったままです。きっとものおきにでもなっているのかもしれません。セーラはかわいいインド人のおてつだいさんがすむようになるのではないかとそうぞうしていたのです。
 しばらくして、すばらしい夕やけの日がありました。空いちめんがまっかにもえて、イギリスではめったに見られない夕やけです。
 セーラはいそいでやねうらべやにのぼりました。なつかしいインドの夕やけを思い出したのです。白い雲までがまっかにそまってしまう夕やけ空をながめながら、セーラはよくおとうさんにものがたりをつくって聞かせました。
 生きもののようにくるくると色がかわる雲や空をしゅじんこうにしてお話を作るのです。
 おとうさんはいつも楽しそうにセーラの話を聞いていました。
「インドの夕やけだわ!」
 あかりとりのまどから空を見たセーラはさけびました。まるで雲にのって、インドへとんできたようでした。
「すばらしい・・・」
 どこかで男の人の声がしました。
「あっ!」
 となりのやねうらべやのまどがあいているのです。頭にターバンをまいたインド人が小さなさるをだいて夕やけ空をながめていました。セーラと同じように、あまりにすばらしい夕やけをもっとよく見ようと屋根裏べやにのぼってきたにちがいありません。
「こんにちは・・・・」
 セーラはインドのことばであいさつしました。ターバンのインド人は、びっくりしてあたりを見まわしました。空の上から自分の国のことばが聞こえてきたのですから。
 インド人は、にっこりしながらこっちを見ているセーラをみつけました。そのとき、インド人のうでにだかれていた小さなさるが、そのうでからするりとぬけ出しました。
 さるは目にもとまらないはやさでやねを走りぬけると、セーラのへやにとびこんできました。キャッキャッとなきながら、セーラのかたにとびのったのです。
 セーラがつかまえようとすると、ぱっととびおりて、からかうようにへやのなかをにげまわります。
 セーラはこまってインド人のほうを見ます。
「どうしたらいいんでしょう。」
 セーラはインドのことばでとなりのやねうらのまどの人に話しかけました。
「おそれいります。おじょうさま。もし、よろしければ、やねをわたってそちらへまいり、そのいたずら小ざるをつかまえたいとぞんじますが。」
 インド人はていねいにいいました。
「やねをわたったりして、あぶなくありませんか。」
「なんでもないことですよ。」
「では、どうぞ。」
 インド人はさるにまけないほどみがるにやねをつたって歩いてきます。
「では、しつれいします。」
 インド人はひらりとセーラのへやにはいると、まずまどをしめました。入り口をふさがれては、子ざるもにげばがありません。
「このいたずらざるめ。」
 インド人は、長い手をひょいとのばして子ざるをつかまえてしまいました。
「どうもおさわがせてもうしわけありません。うっかり、このさるをにがしたりしたら、ごしゅじんさまが、がっかりなさるところでした。」
 インド人はラム・ダスといって、となりのしゅじんについてインドからやってきためしつかいでした。
「ごしゅじんはインドの方ですの。」
「いいえ。ごしゅじんはごびょうきでございまして、この子ざるは、ごしゅじんのなぐさめやくでございます。」
 セーラはやっと、となりのしゅじんが顔を見せないわけがわかりました。
「では、わたくしはこれでしつれいします。」
 ラム・ダスはていねいにおじぎをして、またやねづたいに帰っていきました。
「ごしゅじんのびょうきが早くよくなりますように。」
「ありがとうございます。」
 ラム・ダスは、まっ白いはを見せて、もういちどおじぎをしました。
 ラム・ダスはふしぎでたまりませんでした。
 あんなにきちんとした口のきき方をする女の子が、なぜあんなそまつなようふくをきて、あんなひどいへやにいるのか。
 どう見ても、あのようふくやへやは、セーラににあわないような気がするのです。