7、やねうらの王女さま

 あれからどこをどう走ったのか、セーラはぜんぜんおぼえていません。
 気がついたときは自分のへやのなかをぐるぐると歩きまわっていました。
「パパがおなくなりになった・・・パパがおなくなりになった・・・」
 とつぶやきながら。
 でも、いくら自分にいいきかせてもしんじられないのです。
(うそよ。うそなんだわ・・・なかないわ。なくもんですか・・・)
 セーラは、ないたら、おとうさんがしんだことをみとめるような気がして、ひっしでなかないようにしていました。
 ドアがらんぼうにノックされました。
「ドアをあけなさい。セーラ。」
 ミンチン先生の声です。
「だれにも・・・会いたくありません・・・」
 セーラはさけびました。
「いつまで王女さまみたいなことをいっているの。もうこのへやはおまえのへやじゃないんだよ。」
(わたしのへやじゃない・・・)
 ぼうぜんとしているセーラの前に、べつのかぎをつかってドアをあけたミンチン先生がはいってきました。
「さあ、このなかでいちばんそまつなふくをきて、出ていくんだよ。」
 出ていけといわれても、セーラには頼りになるようなしんせきはありません。
「ミンチン先生・・・」
「さあ、早くおし。今夜からおまえはやねうらにねるんだよ。」
 とてもけちなミンチン先生は、セーラをすぐおい出そうとはしませんでした。セーラをこきつかって、たてかえたお金をとりかえそうと考えたのです。
「ここにいていいんですか。わたし。」
「そのかわり、いっしょうけんめいはたらくんだよ。小さい生徒のおさらいをしたり、だいどころのてつだいをしたり。」
「はい!」
 セーラは力強くへんじすると、てきぱきときがえにかかりました。
(いったいこの子はどういう子なんだろうね・・・)
 さすがのミンチン先生もそんなセーラを見て、あきれています。おとうさんがしんだことを知らせても、なみだひとつこぼしません。王女さまのようなせいかつから、きゅうにおてつだいさんになっても、おどろいたようすもみせません。
 ふつうの子がこんなことになったら、おろおろとなくばかりでしょうに。ミンチン先生はだんだんいらいらしてきました。
「セーラ、わたしにおれいをいわないのかい?」
「なんのおれいでしょうか。」
「ひとりぼっちになってしまったおまえを、ここにおいてやるわたしの親切にたいしてよ。」
 セーラははっきりとミンチン先生をみつめ、きっぱりといったのです。
「先生は親切ではありません。親切なもんですか。」
 セーラはくるりとせをむけて、へやを出ていきました。
 ミンチン先生は、くちびるをぶるぶるふるわせてセーラをみおくっていました。はげしいいかりでことばも出なかったのです。

 セーラのやねうらのへやは、ベッキーのへやのとなりでした。やねうらにのぼるには、きゅうなかいだんを二つものぼらなければなりません。ベッキーから話は聞いていましたが、やねうらにのぼるのは、はじめてです。
 じっさいにきてみると、まるでべつのせかいのようでした。とても同じたてもののなかとは思えないほど、うすぐらくてよごれています。
 セーラはむねをどきどきさせながら小さなドアをあけてみました。
 ななめになっているてんじょう。はげおちたかべ。みるからにかたそうなベット。あかりとりのガラスまどは、すすけて空もろくに見えません。
(やっぱり、パパはおなくなりになったんだわ・・・・)
 やねうらのそまつなへやに立って、セーラははじめて、おとうさんのしんだことをしんじる気もちになりました。セーラは足のとれかかった小さないすにすわりました。からだじゅうの力がどっとぬけていくのが、自分でもわかりました。
(ロンドンで私をまっていたおそろしいことというのは、パパがしぬことだったのね・・・)
 セーラがおとうさんのそばについていたら、おとうさんはしぬようなことはなかったかもしれません。
 おとうさんと馬車にのって、きりのなかをぐるぐると走りまわったのが、さいごの思い出になってしまいました。
(あのとき、もうひとまわりすればよかったわ・・・)
 セーラはじっと目をとじて、おとうさんのたくましいうでにだかれたときのあたたかさを思い出していました。たまっていたなみだが、いっぺんにあふれそうになったとき、ドアをそっとノックする音がしました。
 セーラがじっとしていると、ドアがすこしずつひらいてベッキーの顔がのぞきました。
「・・・はいってよろしいでしょうか。おじょうさま。」
 ベッキーの顔はなみだでぐしょぐしょでした。あれからずっとないていたようです。
 なみだまみれのベッキーの顔を見たセーラは、いままでこらえていたかなしみが、いっぺんにふき出したように、なきだしてしまいました。
「おじょうさま・・・」
「ベッキー・・・いつかいったでしょう。わたしたちは、ふつうの女の子どうしだって・・・もう、わたしは王女さまでもなんでもないのよ。」
 セーラは、ベッキーの手をとると、なきながらいいました。ベッキーはセーラの前にひざまずくと、なみだだらけの顔でいいました。
「いいえ。おじょうさまは王女さまです。どんなことになっても、どこにいらしても王女さまです!」