「ねえ、セーラ。あなた、ほんとうにびんぼうになっちゃったの?」
セーラが小さい子たちの教室でフランス語を教えているとき、ロッティーがいきなり聞きました。
小さなロッティーには、セーラが「王女さま」から、「おてつだいの子」になってしまったことがさっぱりわからないのです。
「こじきみたいになったって、本当なの?」
ロッティーは目になみだをいっぱいためています。いまにもなきだしそうです。
「こじきにはすむところがないでしょう。わたしには、ちゃんとしたおへやがあるのよ。」
セーラはロッティーをかなしませないように明るくいいました。
「セーラのおへやはどこなの。」
じつはロッティーは、セーラのお話を聞こうとへやにいったことがあるのです。いままでセーラのいたへやは、すっかりもようがえされて、ぜんぜん知らない子がいたのです。
「ねえ、どこなの。おへやを教えて。」
「ロッティー、いまはおべんきょうちゅうでしょ。」
こんなところをミンチン先生にみつかったら大目玉をくうにきまっています。
それでもロッティーはあきらめるような子どもではありません。セーラがいいたくないのなら、ほかの子に聞こうとしました。
そして、ついにセーラのやねうらべやをさがしてしまったのです。
ロッティーはこっそりと自分のへやをぬけ出すと、やねうらにむかいました。くらくてせまいろうかを通りぬけて、きゅうなかいだんを、はあはあいいながらのぼりました。足もとがたよりなくて、いまにもふみはずしそうです。外はまだ明るいというのに、ここはまっくらなのです。
まるで、ちきゅうのうらがわにきてしまったようなかんじがして、ロッティーは心ぼそくなりました。
やっとかいだんをのぼりつめるとふたつのドアが目の前にありました。
りょうほうのドアをあけて、どちらにもだれもいなかったら、ロッティーはこわくなってきたでしょう。
「セーラ・・・あたしのママ。」
さいしょのドアをあけたロッティーは大声をあげました。だいすきなセーラが明り取りのまどからおもてをながめていたのです。
びっくりしたのはセーラです。
まさか小さいロッティーがひとりでやねうらにくるとは思いませんでした。セーラはあわててロッティーの前へいくと、いいました。
「しずかにしてね。ミンチン先生にみつかったらしかられるわ。」
ロッティーは、こっくりとうなずくと、はじめてみるやねうらべやをふしぎそうに見まわしました。
「いいおへやだわ。」
ロッティーはにっこりとセーラを見あげます。
「いいおへや?ここが。」
「うん。だって、セーラママがいるんだもん。」
ロッティーはあまえるようにセーラのほそいうでにほおをよせました。ロッティーにとってすばらしいへやとは、セーラがいるへやのことでした。てんじょうがななめだろうが、かべがおちかけていようが、かんけいないのです。
「そうよ。ここはすばらしいおへやよ。」
ロッティーに話を合わせようとしたのではありません。近ごろは、セーラはだんだんとこのやねうらべやが気にいってきたのです。あかりとりのまどから見えるけしきは、まったく新しいせかいがひらけたようでした。
「どういうふううにすばらしいの。」
「ごらんなさい。ロッティー。」
セーラはロッティーをだきあげてテーブルの上にすわらせてやりました。
「ここからは下で見えないものがいっぱい見えるのよ・・・ほら!えんとつをこんな近くで見たことがある?すずめの目ってかわいいでしょう。」
あかりとりのまどからは、やねの上であそぶすずめが、すぐ目の前に見えるのです。ロッティーは、はじめて見るやねうらからのけしきに、すっかりこうふんしていました。
「あたし、おかしもってるわ。」
ロッティーはポケットからたべかけのビスケットを取りだします。
「あげてみましょうか。」
セーラはそのビスケットを小さくわると、やねのすずめたちになげてやりました。すずめたちは、おどろいてとびあがりました。
「にげちゃったわ。」
「だいじょうぶ。すぐもどってくるわ。」
セーラはえんとつの上の二わのすずめをゆびさしました。二わのすずめはさえずりながら、やねの上のビスケットをしきりに見ています。
「すずめのきょうだいよ、きっと。」
「なにをしゃべっているのかしら。」
セーラはおもしろいことを思いつきました。
すずめのうごきに合わせて、せりふをしゃべるのです。セーラは、いきなりつくり声でしゃべりだしました。
『ねえ、にいちゃん、あのビスケット、おいしそうだよ、チュンチュン。』
『まてまて。もう少しようすを見るんだ。チュン。』
セーラが気でもちがったのではないかとびっくりしたロッティーも、すぐにわかりました。
セーラのしゃべるせりふと、すずめのうごきがぴったりだったからです。
『ねえ、にいちゃん、食べていいでしょう、チュン。』
『うん。わなではなさそうだな。でも用心しろよ。チュン。』
『うん、チュンチュン。』
二わのすずめは、えんとつからやねの上のビスケットの近くへまいおりました。小さいほうのすずめが、くちばしでビスケットをつつきました。
『おいしいよ。にいちゃん。チュンチュン。』
『どれどれ。なるほど、うまい。チュンチュン、チュン。』
『あそこからのぞいている小さい女の子がくれたんだよ、チュン。』
小さいほうのすずめが、ちらりとロッティーのほうを見たのです。ロッティーは本当にすずめがしゃべっているような気がして、てれくさそうにりょう手でほおをおさえました。
「あら、いやだ・・・・」
セーラは、すっかりすずめになりきって、せりふをしゃべります。
『ねえ、にいちゃん、ぼくたちだけじゃ食べきれないね。チュン。』
『みんなをよんでやるか。おーい。ビスケットを食べないか。チュンチュン。』
するとどうでしょう。十ぱいじょうのすずめが、音をたててまいおりてきたのです。
「うわあ・・・」
ロッティーがかん声をあげると、むちゅうで手をたたきました。こんなすばらしいおしばいを見たのは、はじめてでした。
セーラはすずめたちのうごきをちゅういぶかく見ながら、せりふをしゃべっただけなのですが、ロッティーには、セーラがすずめたちをじゆうにあやつっているように見えました。
「ねえ、セーラ、ここへとまっていっていいでしょう。」
「とんでもないわ。」
「いや、とまってく!」
ロッティーはテーブルからとびおりると、セーラにしがみつきました。
『ロッティーちゃん、ママをこまらせてはだめだよ。チュン。』
セーラはすずめの声でいいました。ちょうどえんとつの上で、一わのすずめがこっちを見ていたのです。
あんまりぴったりとタイミングがあったので、ロッティーはだだをこねていたのもわすれてふき出してしまいました。
セーラも声をあげてわらいました。声を出してわらったなんて、何日ぶりのことでしょう。
「さあ、ロッティー、ママがとちゅうまでおくってあげるわ。」
ロッティーはすなおにうなずきました。
あかりとりのまどガラスが夕日をあびて、まっかにかがやいています。
ロッティーには、それが、色とりどりにかがやく教会のステンドグラスのように見えました。