セーラは、はじめてとなりのしゅじんの顔を見ました。子ざるをかえしにいったら、しゅじんがおれいをいいたいからというので、おうせつまに通されたのです。
ラム・ダスにささえられてやってきたしゅじんは、青白い顔をして、みるからに弱よわしそうな人でした。名前はキャリスフォードといいました。
「わざわざ、ありがとう。」
キャリスフォードはいすにすわっているのさえ、くるしそうでした。
「どういたしまして。おあずかりしている間は、あたたかくしてやりました。」
「ほう。きみはさるをかったことがあるのかね。」
「いいえ。でもインドにいるとき、おそわりました。」
「インドにいた!?」
キャリスフォードの顔色がかわりました。
「はい、ロンドンにくるまでパパといっしょにインドにおりました。」
「おとうさんと!?で、おとうさんは。」
キャリスフォードはみをのり出してたずねました。
「しにました。お友だちのためにお金をみんななくしてしまったそうです。」
「友だちのために?」
「パパはお友だちをしんようしすぎたんです。」
「友だちにだまされたとでもいうのかね。」
「よくわかりませんけど、パパはそのためにくるしんでしんだんです。」
「おとうさんの名前は・・・おとうさんの名前はなんというのかね。」
キャリスフォードはせきこむように聞きました。
「レーフ・クルーともうしました。」
「この子だ!わたしがさがしていたのはこの子だ!」
キャリスフォードは立ちあがってさけびました。
「おめでとうございます。だんなさま。」
かたわらにひかえていたラム・ダスがうれしそうにいいました。きょとんとしているセーラに、キャリスフォードはくるしそうにいいました。
「きみのおとうさんをくるしめた友だちというのはわたしなんだよ。」
セーラはいきがとまりそうでした。おとうさんがしんでしまったげんいんの人がとなりにすんでいたなんて、なんというぐうぜんでしょう。
「だんなさまにはつみはございません。」
「いや、わたしがびょうきにさえならなければ・・・」
もう少しでダイヤモンドがほり出されようとするころ、キャリスフォードは、「のうえん」にかかってしまったのです。高いねつが何日もつづいて、きぜつしてしまうおそろしいびょうきです。
やっとびょうきがなおったと思ったら、頭がぼうっとして、いままでのしごとのことがわからなくなってしまったのです。のうがだめになっていたので、みんなわすれてしまったのです。
キャリスフォードは自分がだれなのかもわからないありさまで、びょういんをにげ出してしまったのです。
のこされたセーラのおとうさんは、なにからなにまでひとりでやることになってしまいました。
自分のざいさんをつぎつぎとつぎこんで、夜もねないではたらきました。
今まで二人でやってきたことをひとりでやるのですからたいへんです。つかれのために体力がなくなったところへ、マラリアというびょうきにかかってしんでしまったのです。
それから何年かたって、キャリスフォードのびょうきはすこしづつよくなってきました。
「わたしがレーフ・クルーをころしたようなもんだ。」
おとうさんがしんだことを知ったキャリスフォードは、なげきかなしみました。おとうさんにむすめがいることを知っていたキャリスフォードは、みなし子になってしまったむすめを自分の手でそだてようとしました。
しかし、キャリスフォードはセーラの名前さえ知りませんでした。セーラの話をするとき、おとうさんはいつも「うちの小さいおくさまがねえ・・・」というふうによんでいたのでした。
それに子どものいないキャリスフォードは、おとうさんとあまり子どもの話をしませんでした。
セーラが通っている学校がロンドンということも、知らなかったのです。セーラがとってもフランス語がうまかったということを人に聞いて、まず、パリの学校からさがしはじめたのです。
モスクワにそれらしい子がいるといううわさを聞いて、ひしょにさがしにいかせたこともありました。
なかなかみつからないのでキャリスフォードはあせっていました。そんなときにめしつかいのラム・ダスから、学校のやねうらにいるセーラのことを聞いたのです。
「ちょうどわたしがさがしている女の子と同じくらいの年の子がこまっていると聞いて、わたしは手をさしのべたくなったんだよ。」
「じゃ、まほうつかいはおじさまでしたの。」
「その子がみつからないのなら、せめて同じ年のこまっている子をすくってあげようと思ってね。」
ラム・ダスがセーラにおじぎをしていいました。
「かってにおへやにはいってもうしわけありません。」
「あなたがはこんでくれたのね。」
「しかし、わたしがしにものぐるいでさがしていたおじょうさんが、すぐにとなりにいたなんてねえ。」
「これでだんなさまのごびょうきもよくなります。」
ラム・ダスがえがおでいいました。
「セーラ。わたしをゆるしてくれるかね。」
セーラはうなずきました。
キャリスフォードは人をだますようなわるい人には見えませんでした。ちゃんとせきにんをとるりっぱな人に見えます。
「これでわたしもきみのおとうさんに、少しでもおんがえしができる。じつはきみのおとうさんのおかげでダイヤモンドの山の仕事がうまくいきそうになってきたんだよ。」
「パパのしごとが生きていたんですね!」
「うん。おとうさんはなくなられたが、しごとはりっぱに生きのこっていたんだよ。」
そのとき、お手伝いさんがげんかんにおきゃくがきたことを知らせにきました。
「おとなりの学校のミンチン先生です。」
「ほお。こちらから会いにいこうと思っていたんだが・・・」
やねうらべやにセーラのようすを見にきたミンチン先生は、そのゆめのようなへやにびっくりして、セーラにわけを聞こうと思ったのです。そして、となりにいることを知って、かけつけてきたのです。
「わたくしどもの生徒が、のこのことおしかけてしつれいしました。セーラ、すぐ学校へ帰りなさい。」
セーラを見るなりミンチン先生はきつくいいわたしました。
「この子は帰りませんよ。きょうからこの子の家はここになるんですよ。」
「それはどういうことでございます!」
ミンチン先生は目をむいてキャリスフォードにせまります。キャリスフォードは今までのできごとをおだやかにせつめいしました。
「というわけで、セーラはダイヤモンドの山のもちぬしになったわけですな。」
ミンチン先生はあきらめきれないようにいいました。
「でも、セーラはわたしがめんどうをみてきたんです。わたしがいなかったら、この子は町でうえじにしたかもしれませんよ。」
「おたくのやねうらでうえじにするよりましでしょう。」
「な、なんですって。」
「おくさん、あなたがセーラにたいして、どういうことをしているか、わたしが知らないとでも思っているのかね。」
キャリスフォードがはらだたしそうにいいました。ラム・ダスがうなずきます。
「しつれいですが、私はみんなのぞかせていただきました。」
ミンチン先生は唇をわなわなふるわせながらまだあきらめません。
「この子のきょういくのことはクルーさんからまかされているんですよ。」
「いまごろ天国でくやしがっているでしょう。」
「まだセーラには教えることがあるんです。」
「小さなおてつだいさんをひっぱたいたり、べんきょうのできない子を、うすのろよばわりするように教えるのですかな。」
「し、しつれいな!」
キャリスフォードがあてにならないとわかると、ミンチン先生はセーラをなだめにかかりました。
「セーラはわかってくれるわね。確かに私はあなたにつらくあたったこともあるけど、それもこれもみんな、あなたのためにやったのよ。」
「わたし、ちっともぞんじませんでした。」
「わたしだって、もちろんほかの先生だって、みんなセーラがすきなんですよ。さあ、いきましょう。」
セーラは、じっとミンチン先生をみつめると、きっぱりいいました。
「わたしがごいっしょに帰ろうとしないわけは、先生がよくごぞんじのはずです!」
「もう友だちには会えなくてもいいんですか。わたしがめいれいすれば、アーミーだってロッティーだって・・・」
「いいかげんにしなさい!セーラはだれにだって会うけんりがある。それより、あなたは、先生としてはずかしくないのかね。」
キャリスフォードにはっきりいわれて、ミンチン先生は気がちがったようにからだをふるわせていました。
「こんなものをひきとって、さぞくろうするでしょうよ。これでまた『王女さま』になったつもりなんだろうよ。」
ミンチン先生はにくらしそうにセーラを見ました。
「はい。わたくしはいつも『王女さま』のつもりでおりました。だからこそ、どんなつらいこともがまんできたのです。」
セーラは、どうどうとミンチン先生をみつめました。
ミンチン先生は、もうだめだといったふうに、くるりとせなかをむけました。
「どうぞ。」
ラム・ダスがすかさずドアをあけて、ミンチン先生をおくり出しました。