8、セーラとアーミー

 ぴゅるる・・・ぴゅるる・・・
 まるで大男がすすりないているようなきみのわるい音は、やねの上のえんとつのなかをふきぬける風の音でした。
 きゅうきゅう・・・がりがり・・・
 かべのなかで、さわいでいるのはねずみたちです。
 セーラはかたいベットのなかでからだをちぢめました。へやじゅうがまっくらでなにも見えないせいか、まわりの音だけがよく聞こえてくるのです。
 セーラがはじめてむかえるやねうらの夜です。
 ゆうべのいまごろは、やわらかいベットですやすやとねむっていたのに、なんというかわりようでしょう。
 おとうさんがしんだために、セーラのまわりのせかいは、ものがたりのようにかわってしまったのです。それこそ、なげいたり、かなしんだりするひまもないほどのあわただしさでした。

やねうらのへや


 こうしてくらがりにひっそりとよこたわっている自分が、うそのようでした。夜が明けてあたりが明るくなれば、またもとのすてきなへやにねむっている自分に気づくのではないかと思ったりしました。
 セーラはぜんぜんねむれないまま、夜明けをむかえました。あかりとりのまどからの光が、へやをうっすらとうかびあがらせます。
(やっぱり、ここはやねうらなんだわ・・・)
 朝になると、セーラはミンチン先生によばれてしょくどうにいきました。いままで自分のすわっていたせきには、ラビニアがすわっていました。
「なにをぼんやり立っているんです。小さい子のめんどうをみてやりなさい。」
「はい。」
 生徒たちは、わざとセーラのほうを見ないようにしていました。セーラもだまって小さい子たちのせわをします。
 しょくじがおわると、セーラは小さい子たちにフランス語を教えます。これは、セーラの仕事のうちではいちばん楽なことです。
 あとはだいどころにいって、さらあらいをやらされたり、かいものにいかされたりします。
 おてつだいさんたちは、おもしろがってセーラに用をいいつけました。セーラについていたおてつだいさんは、きのうのうちにやめさせられました。
 セーラのみかたになるようなものをおいておくとよくないという、ミンチン先生のひとことでやめさせられてしまったのです。
 だから、ベッキーとセーラがなかよくしていると知ったら、ミンチン先生はベッキーもやめさせてしまうでしょう。もっとも、ミンチン先生はベッキーを人間だとは思っていないようです。ストーブに火をつけたり、せきたんをはこぶきかいぐらいにしか考えていません。
 ベッキーはいつもセーラをたすけたり、かばったりしていました。夜明けになるとかならずセーラのへやにやってきて、やぶれたふくをつくろったり、ボタンをつけてくれたりします。
「おじょうさま。わたしの口のきき方がしつれいでも気にしないでくださいね。」
 ある日、ベッキーはもうしわけなさそうにいいました。
「おじょうさまにていねいな口をきくとしかられるんです。」
「ベッキー。わたしはあなたと同じだといったでしょう。」
「いいえ。おじょうさまは王女さまです。これからは、心のなかだけでていねいにお話しますから、おゆるしください。」
「なにをいうの。ベッキー。」
 セーラはベッキーが同じやねうらべやにいるというだけで、どれほど心強い思いをしたかわかりません。くらがりでえんとつのすすりなきを聞いたときも、かべのむこうにもうひとりの女の子がねむっているんだと思うと、おそろしさが半分ぐらいになったのですから。
 さて、おでぶさんのアーミーはどうしたでしょう。アーミーはセーラのたんじょうパーティーのつぎの日、家のようじでひと月ばかり学校を休んでいたのです。学校へもどったアーミーがセーラとふたりきりで会ったのは、学校のろうかでした。
 そのとき、セーラはりょう手にいっぱいせんたくものをかかえていました。さいしょ、アーミーは気がつきませんでした。もともとやせっぽちのセーラはさらにやせて、きていたようふくも、むかしのセーラのすがたからは思いもよらないそまつなものでした。
「・・・あなた、セーラ?」
 すれちがうとき、アーミーはおどおどとたずねました。
「ええ。」
 セーラはうなずきながらひとりでに顔が赤くなるのをかんじました。
「あの・・・お元気?」
 アーミーは、こういうときにどんなことをいえばいいのかわからないで、やっとそれだけいいました。
「あなたは?」
「あたし?とっても元気だけど・・・あの・・・」
 アーミーはいよいよなにをいっていいかこんがらかってしまいました。頭のなかでむちゅうで、いいことばをさがしました。
「あの・・・いま、ふしあわせ?」
「アーミー、わたしがしあわせだとでも思っているの。」
 セーラはあらあらしくいうと、いそぎ足でいってしまいました。
(アーミーもラビニアやジェッシーとおんなじだわ・・・)
 いつものセーラだったら、こんなにはらをたてなかったでしょう。だれよりもアーミーのせいかくを知っているのはセーラです。おちついて考えれば、アーミーがいやがらせで「ふしあわせ?」と聞いたのではないことがわかったはずです。
 その日は朝からつぎつぎとようじをいいつけられて、セーラはいらいらしていたのです。
 アーミーもとんでもないことをいってしまったことに気づいていました。
(あたしって、どうしてこんなにまぬけなの・・・)
 アーミーはべそをかいていました。
 それからもセーラとアーミーは、ときどき、ろうかやかいだんで会うことがありました。
 アーミーはセーラと会うたびに、あやまろうとしました。でも、アーミーにはうまくあやまれるじしんがありません。あやまるつもりがもっとひどいことをいってしまって、セーラの心をきずつけてしまいそうな気がしました。
 けっきょく、アーミーはセーラと会っても何もいえずにうつむくだけになってしまいます。それがセーラには、アーミーが自分をさけているように見えるのです。
(いいわ。アーミーがわたしと口をききたくないのなら会わないようにすれば・・・)
 セーラはアーミーと顔を合わせないようにしました。こうして、セーラとアーミーは同じたてものにいながら、まったく会うことがなくなってしまったのです。
 アーミーはセーラと知りあう前のアーミーにもどってしまいました。いつもへまばかりやって先生にしかられて、めそめそないている気の弱い女の子になってしまったのです。
 セーラのほうは、しごとにおわれてアーミーのことをしんぱいするどころではありませんでした。頭のよいセーラはどんなようじをやらせてもちゃんとやります。おかげでみんなが、つぎつぎとセーラにようじをいいつけるのでした。
 一日のしごとがおわって、やねうらへつづくきゅうなかいだんをのぼるのがつらいほど、セーラははたらかされていたのです。
「あかりがついているわ。」
 やっとしごとがすんで、自分のへやにはいろうとしたセーラは、ドアの下からろうそくのあかりがもれているのに気がついたのです。そっとドアをあけると、へやのまんなかで大きなろうそくのほのをがゆれています。セーラがいつもつかっているほそいろうそくではありません。
 へやのすみに、赤いショールにくるまった女の子が、ひっそりとこしをおろしていました。見おぼえのある広いせなかです。

セーラとアーミー


「アーミー・・・どうして、こんなところへ・・・」
 アーミーはよろめくように立ちあがると、セーラの前へやってきました。なきながらまっていたらしく目はまっかです。
「アーミー、ミンチン先生にみつかったらたいへんなことになるのよ。」
「かまわないわ。ねえ、セーラ、どうしてあたしがきらいになったの。」
「アーミー。それでわざわざここへきたの。」
「ねえ、おねがい。どうして、あたしがきらいになったか・・・」
「わたしはいまだって、あなたがすきよ・・・」
「だって。」
「わたしは、いろいろなことがきゅうにかわってしまったでしょう。だから、アーミーもかわったんだとかってに思いこんでいたの。」
「かわったのは、あなたのほうよ!」
 アーミーはなみだ声でさけびました。
 たしかにそうかもしれません。むかしのセーラなら、もっとあいての気もちをわかってやれたはずです。
「ごめんなさい。アーミー。」
「セーラ。あたし、もうがまんができなかったの。」
「アーミー・・・」
 セーラとアーミーは、いきなりだきあいました。アーミーはセーラのむねをゆさぶるようにしていました。
「あなたはあたしがいなくてもくらしていけるんでしょう。でもあたしは、あなたがいなくては、とても生きていかれないわ。」
 今夜もアーミーは、ベッドのなかでセーラのことを考えていました。考えているうちに、がまんできなくなって、このやねうらにのぼってきてしまったのです。
 ようやく気もちのおちついたアーミーは、あらためてへやのなかを見まわしました。
「セーラ、こんなところにすんでいられる?」
「ええ。こんなところじゃないつもりになればね。」
「セーラの『つもり』を聞くのはひさしぶりね。」
 アーミーはうれしそうに白いはを見せました。
 セーラもしごとのつかれをわすれて、ひさしぶりにくうそうを楽しむのでした。
「ここは、ろうやよ。」
「ろうや!?」
 アーミーはびっくりしてセーラをみつめました。セーラは話しつづけます。
「一七九二年、フランスかくめいのとき・・・・」
「せんそうね。」
「そうよ。そのとき、フランスのルイ十六せいのおきさきは、とらえられてこういうへやにとじこめられたのよ。」
「聞いたことがあるわ。マリー・・・えーと。」
「マリーアントワネットおきさきよ。」
「おきさきがとじこめられるんなら、セーラがとじこめられてもおかしくないわね。」
「そうよ。いつかきっとせいぎのみかたがわたしをたすけにきてくれるわ。」
「どこからたすけにくるの。」
「あのまどからと。」
 セーラは立ちあがって、となりの家のやねうらべやをゆびさしました。
「でも、あの家はだれもすんでないんでしょ。」
 アーミーのいうとおり、学校のとなりの大きな家はずっと空き家でした。
「じつは、おとなりにはすばらしい人がすんでいるのよ。」
「ほんと?」
「ええ、だれにもあやしまれないように、わたしをたすけるチャンスをねらっているのよ。」
 もちろん、みんなセーラのつくり話です。でも、アーミーには、となりの家のやねうらべやのまどが、いまにもひらきそうに思えてくるのでした。
 むちゅうで話しているうちに、セーラもアーミーもここが屋根裏べやだということをすっかりわすれていました。いちばんいいへやのやわらかいソファにこしかけているような気がしてくるのでした。