インドのパパへ-----
はじめてのお手紙を書きます。
この手紙を書きながらそっと目をとじると、おわかれの日にきりのなかへきえていったパパの馬車のひづめの音が聞こえてくるようです。わたしをおいてけぼりにしていってしまった、いじわるなパパ。うるさいむすめがいなくなって、せいせいしているんじゃないかしら。
わたしはさびしくて毎日なきながらくらしています。というのはうそ。もう学校にもすっかりなれました。校長のミンチン先生は、わたしをとてもかわいがってくれます。
わたしがかわいくて、べんきょうができて、すなおな女の子だからです。というのもうそです。わたしがみんなに大切にされるのは、パパのむすめだからなんです。なんでもわたしは、学校でいちばんお金もちのむすめなんですって。
たしかにわたしは小さいときからパパのおかげで、なんのふじゆうもなくくらしてきました。でも、わたしは自分がお金持ちのむすめだなんて思ったことがありません。
だって、パパは自分がお金持ちだとか、えらいんだとかいちどだってじまんしたことがないでしょ。そういうパパにそだてられたわたしが、お金もちなことをじまんしたりするわけがありません。
本当のことをいうと、パパがこんなにお金もちでゆうめいな人だとは知らなかったの。ミンチン先生やお友だちは、なにかというとパパの話をします。パパがどれほどすばらしい人かという話です。
ミンチン女学校でのわたしはパパのおかげでみんなにかわいがられているのです。
おへやも学校でいちばんごうかなへやです。
わたしのためにおてつだいさんもいます。
ほしいものがあればミンチン先生にいうと、すぐ買ってもらえます。朝、わたしが教室にはいると、お友だちがわっととりかこんで、わたしは王女さまみたいです。
みんなみんな、パパのおかげです。
でも、ひねくれやさんのわたしは、これだけはパパのせわにならないで、自分の力でみつけようとしました。
それはお友だちです。
わたしをえらいパパのむすめではなく、おませなひとりの女の子としてつきあってくれるお友だち。それがいたんです。三人も!
きょうは、その三人のお友だちのことを書きます。まず、わたしの書いた三人のにがお絵を見てください。いちばん右はしの女の子はアーメンガード・セント・ジョンです。
ずいぶん長ったらしい名前でしょ。わたしはアーミーってよんでいます。パパもアーミーっておぼえてね。絵を見てわかるとおり、ちょっとおでぶさんなの。やせっぽちのわたしとは、なにからなにまではんたいなの。
わたしは本がすき。アーミーは字を見ただけで頭がいたくなるんですって。
わたしはめったにないたりしないけど、アーミーは、とってもなき虫でおくびょうなの。
なぜ、そんなアーミーとお友だちになったかというと、ほら、いつかパパがいったでしょう。
「セーラが男の子で、もっとむかしに生まれていたら、刀をぬいて、国じゅうのこまっている人のためにたたかったんじゃないかね。」
そうなんです。だれかがこまっていたり、つらい目にあっていると、わたしは見ていられなくなってしまうの。
その日もアーミーはフランス語のはつ音がうまくできないで、先生にしかられて、みんなにわらわれていたんです。
じゅぎょうがおわってもしょんぼりしているアーミーに、わたしは話しかけてみたの。
「はじめまして。わたし、こんど入学してきたセーラ・クルーよ。」
アーミーはびっくりしたようにわたしをみつめると、どもりながら小さな声でいいました。
「わ、わたし、アーメンガード・セント・ジョンっていうんです。」
「きれいなお名前。おとぎ話のしゅじんこうみたいね。」
おせじじゃありません。わたしは本当にそう思ったの。
「あなたの・・・・・お名前も・・・・・すてき・・・・」
アーミーはもじもじしながら、わたしをみつめました。とってもやさしそうな、かわいらしい目なの。わたしはいっぺんにアーミーがすきになってしまいました。
それから、アーミーはわたしのおへやにあそびにくるようになりました。
そして、アーミーがなぜべんきょうや本を読むのがきらいなのかがわかったのです。アーミーのおとうさんは、りっぱな学者なの。朝からばんまで本を読んでいるんですって。それも、せかいじゅうからとりよせた本を、じしょもひかないで読んじゃうんですって。
頭のいい人っていうのは、自分がすらすらできることをほかの人ができないと、わらったり、ばかにしたりするでしょ。アーミーのおとうさんもそうなの。
「どうして、おまえは、こんなかんたんなことがわからないんだ。」
アーミーは、おとうさんに「頭がわるい。」とか「ものおぼえがわるい。」とかいわれながら大きくなったの。
そして、自分もいつのまにか、「わたしは頭がわるいんだ。」と思いこむようになってしまったのね。
もし、アーミーのおとうさんがパパのような人だったら、アーミーは本をよく読むべんきょうずきな子になっていたような気がするの。
アーミーのことはこのくらいにして、二番目のお友だちをしょうかいします。
前のページのにがお絵をもういちど見てください。
まんなかのおちびさん、この子がロッティーです。ロッティーはまだ四さいです。うちのつごうで、ふつうの子より早くミンチン女学校にあずけられているんです。
もちろん、学校でいちばん小さい女の子です。先生も生徒も、ロッティーにはものすごく気をつかっています。気にいらないことがあると、ないておどかすのよ。とにかくすごいなき声なの。
うわぁんーうわぁんー
字で書くとこんなかんじだけど、パパだって思わず耳をふさいじゃうわ。さすがのミンチン先生もロッティーがなきだすと、あきれて自分のおへやへ帰っちゃうくらいなんですから。ロッティーはなきだしたらさいご、つかれきって声が出なくなるまでとまらないの。おまけになきながらさけぶのよ。
「うわぁん、うわぁん、おかあちゃんがいないんだもの!」
そうなんです。ロッティーがなきながらいう、たからもののようなことばが「おかあちゃんがいない。」なんです。
ロッティーは「おかあちゃんがいないんだもの。」とわめけば、なんでも自分の思いどおりになるとしんじているの。きっとまわりのおとなたちが、おかあさんのいないロッティーにやさしくしすぎたんだと思うわ。
だから学校へはいってからも、自分のいい分がとおらないと、「おかあちゃんがいないんだもの。」となきわめくのね。
わたしがはじめて、ロッティーと会ったのもそんなときだったの。
ロッティーはろうかのまんなかにひっくりかえってないていました。
「うわぁん、うわぁん、おかあちゃんがいないんだもの!」
みんなはロッティーのこんなさわぎには、なれっこになっているので、だれもあいてにしません。それでも、ロッティーは足をばたばたさせてなきやもうとしないの。
「ぎゃあ!おかあちゃんがいないんだもの!」
わたしは、なきわめいているロッティーのそばにいくと、にっこりしていったの。
「わたしもおかあさんがいないの。」
そのときのロッティーの顔ったら!パパに見せられないのがざんねんだわ。まるでまほうにかかったように、ぴたりとなきやんで、ロッティーはわたしを見あげたわ。
でも、きゅうになきやむのはおかしいと思ったんでしょうね。また、しくしくなきだして、わたしに聞いたわ。
「ママは・・・・どこにいったの。」
「わたしのママは天国へいらしたのよ。きっといまごろ、天国でロッティーのママとお友だちになっているかもしれなくてよ。」
「あたしのママと?」
「わたしたちもお友だちになりましょうか?」
わたしはハンカチを出して、ロッティーのなみだをふいてあげたの。
「お友だちになるより、おかあさんになってあげたほうがいいかしら?」
「おかあちゃんがいい!」
ロッティーはさけんで、わたしにしがみつきました。
こうして、わたしはロッティーのおかあさんになることになりました。
なんだかずいぶん長い手紙になってしまいました。もう少しでおわりですから、がまんしてさいごまで読んでね、パパ。
また前のページのにがお絵を見てください。
左はしの女の子が三人目のお友だち、ベッキーです。ベッキーは生徒ではありません。
パパも知っているとおり、わたしはお話しを作ってみんなに聞かせるのが大すきでしょ。
わたしはいつものようにアーミーやロッティーやほかのお友だちに、インドのお話しを聞かせてあげていたの。
わたしはむちゅうで話しながら、なんとなくドアのほうがきになりました。だれかが、そっとわたしの話しを聞いているような気がしたの。わたしがドアのほうを見ると、おもいせきたんばこをもった小さな女の子が、おどおどしたかんじではいってきたの。
年はわたしと同じくらいだけど、きているふくはつぎはぎだらけで、顔はせきたんのかすでうすよごれていたわ。
わたしが話しをつづけると、その女の子はわざとゆっくりとストーブにせきたんをくべはじめたの。
(わたしの話しを聞いていたいんだわ・・・・・)
わたしは、その女の子によく聞こえるように声をはりあげました。すると、どうでしょう。女の子の目がいきいきとかがやいてきたのよ。そうなの、パパ。このせきたんはこびの女の子がベッキーなの。そのときは、ベッキーとはひとことも話さなかったの。
ところがそれから、二週間ほどたったある日の午後、わたしをびっくりさせるようなことがおこったんです。
ドアをあけておへやにはいると、ベッキーがいたんです。わたしのいちばんすきなあんらくいすにこしかけて。その前では、ストーブが赤あかともえています。
びっくりしたわたしは、そっとベッキーに近づきました。ベッキーは、とても気もちよさそうにねむっていました。わたしは、おこる気にはなれませんでした。
学校じゅうのへやというへやにせきたんをくばって歩くのがベッキーのしごとです。おもいせきたんばこをもって、長いろうかやきゅうなかいだんを一日じゅう歩きつづけているんです。
わたしのへやにきて、ほんのちょっといすにすわっているうちに、ねむってしまったのよ、きっと。
「かわいそうに。つかれているのね。」
いつまでもそっとねかしてあげたいと思いました。わたしはまよいました。こんなところをミンチン先生にみつかったらベッキーはおい出されてしまうかもしれません。
かといって、こんなにいい気もちでねむっているベッキーをおこしたくありません。
(どうぞ、誰もはいってきませんように・・・・・)
わたしはむねのなかでいのりました。
それからどうなったと思う? パパ。黒いせきたんがベッキーをおこしてしまったの。ストーブのなかでいきおいよくもえていたせきたんのかけらのひとつが、ごとんと音をたててくずれたの。
「おじょうさま・・・・・」
びくんとおきあがったベッキーは目の前のわたしに気づくと、いまにもなきだしそうな顔をしました。
「いいのよ。」
「おゆるしください。ねむるつもりじゃなかったんです。あんまり、あたたかくて気もちがよかったもので、つい・・・・・・おゆるしください。」
ベッキーはなきながら、わたしにあやまるのです。
「あなたはつかれているのよ。もっとねむらせてあげられるといいんだけど。」
「おこっていらっしゃらないんですか。おじょうさま。」
ベッキーは、しんじられないような顔つきでわたしを見たの。
「いいえ。」
「ミンチン先生にいいつけないんですか。」
「いいえ。」
わたしはえがおでとだなのケーキを取り出すと、できるだけあつく切ってあげました。
「おなかがすいているんでしょう。」
「おじょうさま・・・・・」
「わたしはセーラ・クルー。あなたと同じふつうの女の子よ。」
ベッキーはケーキをおいしそうにほおばりました。
「あなた、お話を聞くのがすきなんでしょ。」
「は、はい・・・・」
「わたし、これからは、あなたがせきたんをはこんでくる時間に、なるべくおへやにいるようにするわ。」
ベッキーはどういういみかわからないらしくて、ぽかんとしていました。
「そうすれば毎日、少しづつお話を聞かせてあげられるでしょ。」
「おじょうさま。わたしのために、わざわざお話をしてくださるのでございますか。」
「ええ。だって、この間はだれよりもねっしんに、わたしの話を聞いていてくれていたでしょ。」
「ごぞんじだったんですか。おじょうさま。」
あのときのいきいきとしたベッキーの目のかがやきを、わたしがわすれるはずがありません。
そして、ベッキーはつぎの日からわたしのおへやにやってくると、できるだけゆっくりとせきたんをくべていくようになったの。
わたしは、ベッキーのために、インドからロンドンへくる船の話や、自分で作った人魚のものがたりを聞かせてあげます。それは、ほんのみじかい間だけど、ベッキーにとっても、わたしにとっても楽しいひと時になっています。
パパ・・・・・これでお友だちのしょうかいをおわります。アーミー、ロッティー、ベッキー、みんなすばらしい女の子だってことがわかっていただけて?でも、わたしが、こんな長い手紙をだらだらと書いたのは、三人のお友だちをパパにしょうかいするためだけにだけではありません。
これだけ長い手紙を書けば、パパもこの半分ぐらいの長さの手紙をわたしに書いてくれるのではないかとまちのぞめるからです。
パパの手紙はいつもみじかくて、一回読むとぜんぶおぼえてしまうわ。
たまには長い手紙をください。毎日少しずつだいじにだいじに読みたいと思います。
インドのいそがしいパパへ
きりのロンドンのわがままなむすめ
小さなおくさまのセーラより