きびしい冬がやってきました。
やねうらべやにはてんじょうがありません。
てんじょうというのはやねのことなのですから。だからあつさもさむさもじかにへやにしのびこんでくるのです。
ロンドンの冬は、きりが出なくても、四時になるとくらくなってしまいます。そして、たちまちひえこんでしまうのです。セーラもベッキーもベッドにはいっても、寒くてさむくてねつくことができません。それでなくても、ふたりとも昼間のおつかいやせきたんはこびで、からだじゅうがひえきっているのです。
(ここはだんろの火が一晩中もえているあたたかいへや・・・わたしは、ふんわりしたふとんにくるまって・・・)
セーラはさむさにふるえながら、そういう「つもり」になろうとしていました。でも、むりです。「つもり」になることで、まずしい心をゆたかにすることはできますが、さむさをあたたかさにかえることはできないのでした。
(そうだわ・・・)
セーラはすばらしいことを思いつきました。
ベッドからぬけ出すと、かべをとんとんとつづけて四つたたきました。それは、となりのベッキーとれんらくするときの合図です。
《こちらへいらっしゃい、ベッキー。》
すぐむこうからかべが五回たたかれました。
《すぐいきます。》
きっとさむさでねむれないでいたのでしょう。
「ねえ、ベッキー、おふとんを二ばいにするほうほうを思いついたの。」
はいってきたベッキーは、きょとんとしてセーラをみつめます。だってベッキーは、もう一まいふとんがあれば、どれほどあたたかいだろうと考えていたところをセーラによばれたのです。
「そんなまほうみたいなことができるんでございますか。」
「かんたんよ。あなたがふとんをもってきて、ここでいっしょにねればいいのよ。だきあってねむりましょう。」
「でも、おじょうさまとわたしが・・・」
「わたしはあなたと同じさむがりやの女の子よ。」
「はい!」
ベッキーはとんで帰って自分のふとんをはこんできました。確かにふとんはばいになってあたたかくなりました。
セーラとベッキーはおたがいのからだをあたためあうようにねむりました。
その夜、ベッキーはゆめを見ました。おかあさんのむねにだかれて、すやすやとねむっているゆめです。生まれるとすぐすてられてしまったベッキーは、おかあさんの顔を知りません。それなのに、おかあさんの顔がはっきりと見えたのです。
それからというものは、セーラとベッキーは同じへやでだきあってねむりました。かんたんな思いつきで夜のさむさはどうにかがまんできました。
しかし、昼間のしごとはいよいよつらくなっていました。ほかのおてつだいやコックたちは、セーラにつらくあたるとミンチン先生がまんぞくそうな顔をするのに気づいたのです。
だれもがミンチン先生に気にいられようとセーラをこきつかうのでした。自分たちが楽をしたうえに、ミンチン先生に気にいられるのですからうれしくてたまりません。
セーラは朝からばんまで、こまねずみのようにはたらかされるのでした。そして、ちょっとでもだれかのきげんがわるいと、すぐに、しょくじをとりあげられてしまうのです。
三食ちゃんと食べられる日は数えるほどしかありません。夕はんの時間にいなかったというりゆうで、食べさせてもらえないこともありました。コックのおつかいで町へいって帰りがおそくなったのです。自分でようじをいいつけておきながらコックはいいました。
「いまごろ帰って、食べるものがあるはずないだろう。」
その日は、セーラはお昼も食べさせてもらえなかったのです。
やねうらのかいだんをのぼっているうちに、めまいがしてきました。かいだんは、いつもよりずっときゅうに見えて、ふだんのなんばいも長くかんじられました。少しのぼっては、しばらく休むことをくりかえしながら、ひっしでかいだんをのぼりつめました。
ドアのすきまから、ろうそくのあかりがもれています。
「アーミーだわ。」
アーミーはあたたかそうな赤いショールにくるまって、ベッドの上にきちんとすわっていました。アーミーはメルキセデクがこわいのです。
「今夜きてくれるとは思わなかったわ、アーミー。」
「しんしつを見まわる先生がお休みなの。だから、きょうは、朝までいてもへいきなのよ。」
そういいながら、アーミーはセーラの顔がまっさおなのに気がつきました。
「セーラ、とってもつかれているようよ。」
「ええ・・・ちょっと。」
かべのあなからメルキセデクが、ちょこちょことすがたをあらわしました。アーミーはひめいこそあげませんが、ベッドの上でからだをかたくしています。なんど会っても、アーミーはメルキセデクがきみわるいのです。
「ごめんなさいメルキセデク。今夜はなんにも食べるものがないのよ。」
セーラがそういうと、メルキセデクはとぼとぼとあなのなかへはいっていきました。
「おくさんにあやまっておいてね。」
そのときです。下のほうでミンチン先生のどなり声がしました。そして、ベッキーのなき声も。
「ミンチン先生がくるわ。」
アーミーはきゅうにおどおどしだしました。セーラはろうそくをふきけして、じっとしています。
「だいじょうぶよ。ミンチン先生はめったにここへこないから。」
しずかにしていると、下からミンチン先生の声がよくひびいてきます。
「にくまんじゅうをぬすんだのは、おまえじゃないっていうんだね!」
「あたしじゃありません。おなかはすいてましたけど、とったりしません。」
ベッキーがなきながらうったえます。
どうやらミンチン先生は、ベッキーをおいまわしているようです。
「このはじ知らずの大どろぼう!」
ぴしゃっという音がしました。ミンチン先生がベッキーをつかまえて、ほっぺたをなぐったのです。
「こんどこんなことをしたらおい出すからね。」
ミンチン先生はあらあらしい足音をたてていってしまったようです。ベッキーがなきながらかいだんをのぼってきます。
となりのへやのドアがばたんとしまったかと思うと、ベッキーのはげしいなき声がしました。
「あたしじゃない!本当にとる気なら、ぜんぶとったわ!おなかがぺこぺこなんだもの。」
セーラはまっくらなへやに立って、くやしくてくやしくて、からだをふるわせていました。もう少しミンチン先生がベッキーをいじめていたら、がまんできずにとび出していったでしょう。
「なんてひどい人なの!なんていう人なの!」
セーラはこらえきれなくなって、りょう手で顔をおおうと声をあげてなきだしました。
からだじゅうのくやしさをいっぺんにしぼり出すようなはげしいなきかたでした。
(セーラがないている・・・めったになみださえ見せなかったまけずぎらいのセーラが・・・)
アーミーはしんじられないように、セーラをみつめていました。アーミーはあまりよくない頭でけんめいに考えていました。セーラがこんなにくやしなきするのは、ベッキーがどろぼうにされてしまったからだけではないような気がしたのです。
(もしかしたら・・・・)
アーミーは手さぐりでマッチをさがすと、ろうそくに火をともしました。アーミーはないているセーラの顔をのぞきこみます。
(そうだわ!そうなんだわ・・・)
いくら頭のよくないアーミーでもわかりました。
「セーラ・・・・まちがいだったらごめんなさいね。あの・・・あなた、もしかしたら、おなかがすいているんじゃない?」
「そうよ。」
セーラはむせびながらいいました。
「そうなの。あなたをとって食べてしまいたいくらい、おなかがすいているわ。ベッキーはわたしよりもっとすいているでしょうけど。」
アーミーは、いきがとまるほどおどろきました。
「どうしましょう。わたし、ちっとも気がつかなくて・・・」
このときほど、アーミーは自分の鈍さがかなしくなったことはありません。一週間に一度はこのやねうらべやにきていながら、セーラがいつもおなかをすかせていたなんて考えもしなかったので。メルキセデクにえさをやっているくらいだから、食べものにふじゆうしているなんて思いもつかなかったのです。
「いいのよ、アーミー。わたしがあなたに気がついてもらいたくないようにふるまったのだから。」
「なぜなの、セーラ。」
アーミーがセーラのような場合なら、食べものをもってきてもらうようにたのんだにちがいありません。
「あなたに食べものをもらったりしたら、こじきみたいな気がするでしょう。」
「こじきになんか見えるもんですか。ようふくは少しへんだけど、こじきのようなお顔じゃないわ。」
アーミーはむきになっていいました。アーミーは気のきいたことがいえないかわりに、おせじやうそもつけないことをセーラは知っていました。
「セーラ、ちょっとまってね。」
アーミーは目をかがやかせて立ちあがりました。
「どこへいくの。アーミー。」
「けさ、わたしの大すきなおばさんが、おやつをおくってくれたのよ。クッキーやチョコレートやみかんや、それから赤ぶどうしゅもあったわ。」
「ああ・・・そんなに食べものの名前をならべないで。」
セーラは、その食べものを思いうかべただけでめまいをおこしそうでした。
「とってくるわ。わたし。」
のろまのアーミーが、こんなにはりきるのははじめてです。セーラはアーミーの手をにぎっていいました。
「ねえ、アーミー、また『つもり』をやりましょう。パーティーのつもり!」
「ろうやのなかのパーティーね。」
「そうよ。となりのろうやの女の子もよんであげましょうよ。」
セーラはかべのそばへいくと、ちょうしよくノックしました。
とんとんとん・・・・
とんとんとんとん・・・・
ひびくようにへんじがかえってきました。
さあ、ま夜中のパーティーのはじまり、はじまり!