13、三人だけの「つもり」

 まっかなテーブルクロスの上に、さまざまな食べものがならべられました。
「さあ、りょうりは、この金のおさらでとって。」
 金のおさらというのは白いハンカチでした。セーラがやねうらべやへもってきたたったひとつのトランクのそこに、ぜんぜんつかっていないハンカチが一ダースもはいっていたのでした。すっかりわすれていたのを、気もちがおちついたとたんに思いだしたのです。

セーラとアーミーとベッキー


「ベッキー、ナプキンをしましょう。」
 とベッキーを見たセーラはびっくりしました。ベッキーは気をつけのしせいをして、目をぎゅっととじて立っているのです。つま先から足の先まで力がはいっています。
「どうしたの、ベッキー。」
「いっしょうけんめい、『つもり』になっているんです。だんだん『つもり』になってきました、おじょうさま。」
「ええっ。」
「でも、おじょうさま、つもりになるのはずいぶんと力がいるもんでございますね。」
「え、ええ、なれないとそうかもしれないわ。」
 アーミーは、さっきからひっしでわらいをこらえていましたが、ついにがまんができなくなって、ふきだしてしまいました。
「ねえ、セーラ。どうせなら、ここはろうやより、おしろの大広間ということにしない。」
 きょうのアーミーは、ぜんぜんさえているようです。セーラも大さんせいです。
「どうせ『つもり』になるんなら、おしろのほうがいいわね。」
「セーラが王女さまよ。」
「でも、これはアーミーのごちそうよ。だから王女さまはあなたよ。」
「こまるわ。わたしはこんなに太っているし、王女さまなんか、見たこともないんですもの。」
「じゃいいわ。あなたがそう思うのなら。」
 いいながらセーラは、すばらしいことを思いつきました。この部屋の隅にもさびついただんろがありました。
「ここに紙くずを入れてもせば、おしろの大広間のように明るくなるわ。」
 セーラはだんろのなかに紙くずを入れるとマッチで火をつけました。へやじゅうがぱっと明るくなりました。
「うわあ。すてき!」
 アーミーもベッキーもすっかり「つもり」になっているようです。
「うつくしいおとめたちよ、こちらへどうぞ。」
 王女さまになったつもりのセーラは、ふたりのおとめをテーブルにあんないしました。
「どうぞこころゆくまで、お楽しみください。」
 アーミーとベッキーが手をたたきました。
 三人がおかしやくだものに手を出そうとしたとき、だれかがかいだんをのぼってくる足音がしました。あらあらしい足音がやねうらいっぱいにひびきわたります。
「ミンチン先生だわ!」
 三人は青くなりました。
 ドアがらんぼうにひらいて、けっそうをかかえたミンチン先生がとびこんできました。ミンチン先生はテーブルのごちそうや、さびただんろでまだちょろちょろともえていたほのおを見ました。
「こんなことだろうと思っていたよ!ラビニアのいうとおりだったわ。」
 ラビニアがひみつをかぎつけてつげ口したのでした。たぶん、やねうらにいくアーミーのあとをつけたのでしょう。
 ミンチン先生はつかつかとベッキーの前へいくと、そのほおをぴしゃりとなぐりました。
「このはじ知らず!夜が明けたら、さっさと出ていくんだよ。」
 セーラは青ざめて立ちつくしました。
 アーミーはついになきだしてしまいました。
「ベッキーをおい出さないでください。これはみんなわたしが・・・おばさんからのおかしやくだものを・・・ただ、パーティーごっこをしていただけなんです。」
 なきながらいうアーミーにミンチン先生はつめたくいいました。
「アーミーが、こんなことを考え出すほど頭がいいっていうの。」
 とミンチン先生はセーラをにらみつけました。
「こんなやねうらへきてまで、王女さまぶりたいのかい。」
「・・・・・」
 ミンチン先生はおびえて立ちすくんでいるベッキーをどなりつけました。
「いつまでそんなところにたっているんだ。」
 ベッキーはふるえながら出ていきました。
 ミンチン先生は、アーミーにいいました。
「あなたはへやにもどりなさい。あしたは一日へやから出てはいけません。今夜のことはおとうさまにほうこくしますからね。」
 アーミーはなきじゃくっていました。
 ミンチン先生は、セーラがじっと自分をみつめているのに気がつきました。
「まあ、なんていう顔でわたしを見ているんだ?」
「考えていたのです。」
「考えているだって?」
「はい、わたしがこんなところにいるのをパパがお知りになったら、どうおっしゃるだろうと考えておりました。」
「なんだって!?」
 ミンチン先生はからだじゅうの血が頭にのぼってしまったようにおこりました。
「よくもそんなことを!よくも・・・いったいなんていう子なんだい!」
 いかりくるったミンチン先生は、セーラにとびかかって、りょうほうのかたをつかんではげしくゆさぶりました。
 それでもセーラは、ミンチン先生の顔をじっとみつめつづけています。
「おぼえておいで!」
 ミンチン先生は、テーブルの上のごちそうをかきあつめてアーミーにもたせると、ドアをばしゃんとしめて出ていってしまいました。
 おしろの大広間は、あっというまにすきま風のふきこむやねうらべやになってしまいました。金のおさらやししゅうのついたナプキンは、白いハンカチにもどってしまいました。
 王女さまも、おなかをすかしたあわれな女の子になりました。つかのまの楽しいゆめは、こがらしにのって、どこかへふきとんでしまったのです。
 セーラは、どっとつかれが出てベッドにたおれこみました。
(これはきれいなやわらかいベッド。ふんわりしたもうふが、やさしくわたしをつつんで・・・)
 そんなことをそうぞうしているうちに、セーラはいつのまにかねむってしまいました。

 どれくらいの時間がすぎたでしょう。
 セーラは聞いたことがないもの音を聞いて目をさましました。えんとつのひゅうひゅうなる音やメルキセデクの子どもたちがさわぐ声にはなれっこになっていて、目をさますようなことはありません。やねの上を歩く足音を聞いたような気がしたのです。
 目をさましたものの、セーラは目をあける気にはなれませんでした。からだじゅうがぽかぽかとあたたかいのです。まるで、暖炉が燃えている部屋でやわらかいもうふにくるまってねむっているようでした。
(なんだ、ゆめなのね・・・)
 ゆめならば、目をあけたり、ぬくぬくとしたあたたかいふんいきを楽しむことにしました。
 また、かわったもの音がしました。ぱちぱちと音をたててもえているまきの音です。
(かじかしら・・・)
 セーラは、はっとおきあがりました。せっかくのゆめがさめてしまうわと思いながら。
 でも、しんぱいはいりませんでした。目をあけてもゆめはさめません。さっき紙くずをもしただんろで、まきがいせいよくもえています。火の上にはぴかぴかにみがかれたやかんがかけてあります。ゆかには、とてもきれいなじゅうたんがしいてあって、おりたたみしきのテーブルがおいてあります。
 テーブルの上には、さっきよりすごいごちそう。セーラがかけていたもうふは、やわらかくてあたたかいものにかわっています。
 本だなには、新しい本がならんでいます。
(ゆめのなかで目をさましているんだわ、わたし・・・)
 セーラは本だなの本に手をのばして、ひょうしをひらいてみました。
 
 やねうらのおじょうさんへ
 お友だちより

 本のとびらにそう書いてありました。
(どなたかがわたしにくださったのかしら?するとこれはゆめじゃないのかしら・・・)
 セーラはベッドからぬけ出すと、いすにかけてあったきぬのガウンをはおってみました。
(あたたかいわ・・・そうだ、これをきてベッキーのへやへいけば・・・)
 セーラはとなりのへやをノックしました。
「ベッキー!おきて。おきてちょうだい。」
 ねむそうな目でおきたベッキーは、セーラのすがたを見るなり、ねむけがすっとんでしまいました。
「おじょうさま・・・」
 みんなに「王女さま」とよばれていたころのセーラが立っていたのですから、ベッキーはおどろいてしまいました。
「早くきて!ベッキー。」
 セーラはベッキーの手を引いて自分のへやへつれていきました。
 ベッキーはなにかいおうとするのですが、ことばが出ません。
「本当なのよ!ゆめじゃないのよ、ベッキー。」
「『つもり』にならなくていいんですね。おじょうさま。」
 それから、セーラとベッキーはふたりだけのばんさん会をすることになりました。テーブルの上には、ゆげのたっているスープまでよういされていました。
「おじょうさま。早く食べないときえちゃうんじゃないでしょうか。」
 ベッキーがしんぱいそうにたずねました。
「きえやしないわ。もし、ゆめだったら、たいてい口のなかに入れる前に、目がさめちゃうでしょ。」
「そういえば、夢の中でおなかがいっぱいになったことはございません。」
 ふたりはごちそうをおなかいっぱいたべました。むちゅうで食べてものこってしまいました。あたたかいへやでおなかいっぱいになって、ふたりともねむくなってしまいました。
 セーラはベッキーに新しいもうふを分けてあげました。ベッキーは、それをもって自分のへやにもどるとき、しんけんな顔でへやを見まわしました。
「なにを見てるの、ベッキー。」
「しっかりおぼえているんです。もし、あしたになってきえていても、ちゃんと思い出せるようにおぼえておくんです。・・・・あそこにあたたかい火があって、ここにすてきなテーブル。その上にはすばらしいランプ・・・」
 とベッキーはむねのなかにきざみつけるようにして自分のへやに帰っていったのです。

 朝になってもへやのなかのものはなにひとつきえませんでした。